ゴキブリとの遭遇は、それだけで十分に不快な出来事ですが、もしそのゴキブリが「卵を抱えたメス」であったなら、その一匹が持つ潜在的な脅威は、通常の個体とは比較になりません。その一匹を逃すことは、数十匹の次世代ゴキブリの誕生を許すことと同義なのです。この最も危険なターゲットを見分けるための、いくつかの重要な特徴を知っておきましょう。まず、最も分かりやすく、そして最も警戒すべきサインは、お尻の先に、茶色く細長い「何か」を付けている個体です。これが、前述した「卵鞘(らんしょう)」と呼ばれる卵のカプセルです。特に、家の中で繁殖するチャバネゴキブリのメスは、卵が孵化する寸前まで、この卵鞘を体にくっつけたまま生活します。体長1.5センチ程度の茶色いゴキブリのお尻から、不自然な突起物が出ていたら、それは紛れもなく産卵間近のメスであり、最優先で駆除すべきターゲットです。大型のクロゴキブリも、産卵直前には卵鞘を保持していますが、すぐに安全な場所に産み付けてしまうため、その姿を目撃する機会は比較的稀です。次に、卵鞘を直接付けていなくても、産卵期のメスを見分けるヒントがあります。それは、「動きの鈍さ」です。卵を体内に抱えているメスは、身重のため、通常のゴキブリよりも動きが緩慢になる傾向があります。いつもより明らかに動きが遅い、あるいは、あまり逃げようとしない大きなゴキブリに遭遇したら、それは産卵を控えているか、産卵直後で体力が落ちているメスの可能性があります。また、単純に「体の大きさ」も一つの指標となります。同じ種類のゴキブリであれば、一般的にメスの方がオスよりも体が大きく、丸みを帯びています。特に、腹部が不自然に膨らんでいるように見える個体は、卵を抱えている可能性が考えられます。これらの特徴を持つゴキブリを発見した場合、絶対に逃してはいけません。そして、叩き潰すのは避けるべきです。万が一、卵鞘が飛び散ってしまった場合、被害を拡大させることになりかねません。殺虫スプレーなどで確実に仕留め、死骸ごとビニール袋で密閉して処分することが、最も安全で確実な対処法となるのです。