ゴキブリのメスが一匹、家に侵入し、卵鞘(らんしょう)を一つ産み付けた。この、たった一つの卵鞘が、どれくらいの時間で、どれほどの脅威に変わり果てるのか。そのタイムリミットと、孵化を促す「スイッチ」となる条件を知ることは、ゴキブリ問題の深刻度を正しく理解する上で非常に重要です。ゴキブリの卵が孵化するまでの期間(孵化日数)は、ゴキブリの種類と、周囲の「温度」に大きく左右されます。家屋で最も問題となる、二大ゴキブリを例に見てみましょう。まず、小型で繁殖力の強い「チャバネゴキブリ」です。彼らの卵鞘は、約30~40個の卵を含んでおり、孵化に適した温度は25度前後です。この理想的な条件下では、卵はわずか「3週間程度」という驚異的なスピードで孵化します。そして、生まれた幼虫も、約2ヶ月で成虫となり、次世代の卵を産み始めます。つまり、夏場の暖かいキッチンなどでは、たった一つの卵鞘から、数ヶ月後には数百匹のコロニーが形成されてしまう計算になるのです。次に、大型の「クロゴキブリ」です。彼らの卵鞘には、約20~30個の卵が入っています。孵化に適した温度は25~30度で、この条件下では、孵化までに「40~50日程度」かかります。チャバネゴキブリよりは時間がかかりますが、それでも、一ヶ月半後には数十匹の幼虫が誕生することに変わりはありません。そして、これらの孵化を促す最大のスイッチが、「温度」と「湿度」です。ゴキブリの卵は、気温が20度を超え始めると、発育のスイッチがオンになります。逆に、気温が18度以下になると、発育は著しく遅延、あるいは停止します。また、卵鞘は乾燥に弱いため、適度な湿度も、無事に孵化するための重要な条件となります。つまり、春先に産み付けられた卵鞘が、梅雨時の湿度と、夏場の気温上昇という絶好の条件を得て、一斉に孵化を開始する。これが、夏になるとゴキブリの数が増える、大きな理由の一つなのです。このタイムリミットを知れば、卵鞘や産卵期のメスを発見した際に、もはや一刻の猶予もない、ということがお分かりいただけるでしょう。