田舎の古い家で暮らし始めた頃の私は初夏の訪れとともに庭に現れるあの黒くて大きな丸い蜂の存在に怯えていましたが、毎日同じ場所でホバリングを繰り返すその姿を観察するうちにいつの間にか恐怖心は好奇心へと変わり、今では彼らが現れるのを心待ちにするほどになりました。キッチンの窓を開けるとまるで小型のヘリコプターが接近してきたかのような低い重低音が響き渡り、視界を遮るように黒い物体がゆらゆらと浮かんでいるのを見た当初は反射的に窓を閉めて息を潜めていたものですが、調べてみるとそれがクマバチのオスであり、顔の中央にある白い小さな三角形の模様がその証拠で、驚くべきことに彼らには毒針そのものが存在しないという事実を知ったときは自分の無知を恥じるのと同時に何とも言えない愛着を感じたのです。庭に植えたフジの花が満開になる頃、丸い蜂たちは重たい体を揺らしながら器用に花びらの中へと潜り込み、たっぷりと花粉を付けては次の花へと向かっていきますが、その一生懸命に働く姿はどこかユーモラスで「働くことの尊さ」を教えられているような気さえしてきます。都会のマンション暮らしでは決して味わうことのできなかった生命の息吹を間近で感じる贅沢、そして自然の一部として自分がそこに存在しているという感覚は、大きくて丸い蜂という小さな隣人が運んできてくれた贈り物のように思えます。時折、彼らが私の顔のすぐ近くまで寄ってくることがありますが、それは威嚇ではなく単なる挨拶か好奇心だと分かっているので、今では「今日も元気だね」と心の中で声をかけながら作業を続けることができるようになりました。蜂は汚い、怖い、不気味だという先入観は、彼らの温厚な実体と献身的な働きを前にして完全に崩れ去り、むしろ彼らがいることでこの庭が農薬に汚染されていない健全な生態系を保っているという安心感に繋がっています。蜂たちの羽音が聞こえる夏の日、私は窓を開けて風を通し、彼らが自由に飛び回る様子を眺めながら本を読みますが、これこそが本当の意味での豊かな暮らしなのだと実感しており、大きくて丸い蜂は私に「正しく知ることで世界は優しくなる」という大切な教訓を教えてくれました。もし皆さんの庭にもそんな黒い影が現れたら、どうか排除するのではなく、その丸い背中に太陽の光が反射する美しさを静かに眺めてみてほしいと思いますし、その瞬間にはきっと自然との新しい繋がりが生まれるはずです。